採用は年々難しくなり、賃上げの圧力は強まる一方です。「人件費は抑えるもの」という発想のままでは、人が採れず、定着せず、事業が回らなくなる。これからの経営は、人件費は上がる前提で、それでも利益が残る構造をどう作るかを考える必要があります。
人件費は「率」で見る
人件費の絶対額だけを見て多い・少ないを判断することはできません。見るべきは、会社が生み出す付加価値(売上から仕入・外注費など外部に支払う費用を引いた額。卸・サービス業ではおおむね粗利に相当)に対して、人件費がどれだけの割合を占めているかです。この割合が高すぎれば利益が残らず、低すぎれば待遇が競争力を失う。自社の適正水準を数字で把握することが、すべての出発点です。
賃上げの原資は、3つの方向から作る
昇給の原資は、祈っていても生まれません。作りに行くものです。
- 価格の見直し:適正な値上げで粗利を回復させる
- 生産性の向上:業務の効率化・自動化で、一人当たりの付加価値を高める
- 不採算の整理:利益の出ていない商品・取引を見直す
特に、一人当たり付加価値を上げることは、賃上げと利益確保を同時に叶える王道です。
基本給と賞与を、使い分ける
基本給は、一度上げると下げるのが極めて難しい固定費です。だからこそ、恒常的に払える水準の昇給は基本給で、業績に応じた還元は賞与で、と使い分けます。好調な年の利益を賞与で還元すれば、社員に報いながら、不調な年に固定費で苦しむリスクを避けられます。
賃上げは、決意ではなく設計。原資を作る計画があって、初めて続けられる。
採用計画と人件費計画は、セットで
「人が足りないから採る」だけの採用は、人件費を無計画に膨らませます。増員によって売上・付加価値がどれだけ増えるのか。その人件費を賄っても利益が残るのか。採用の判断は、人件費計画と利益計画の中で行う。これが、成長と健全さを両立させる規律です。
人件費を「率」と「1人あたり」の両輪で見る
率で見る視点を、計算できる形にします。使う式は2本です。
1人あたり粗利 = 粗利 ÷ 従業員数
ここで言葉を正確にしておきます。付加価値と粗利は、厳密には別の概念です。付加価値は売上から外部購入費(仕入・材料費・外注費など社外へ支払う費用)を差し引いた額、粗利(売上総利益)は売上から売上原価を差し引いた額を指します。売上原価に自社の労務費や減価償却費が入る製造業では、両者は一致しません。それでも中小企業の実務では、月次で即座に集計できる粗利を付加価値の代用として使うことが一般的です。代用すること自体は差し支えありませんが、どちらの定義で計算したかを毎期そろえることが前提になります。定義が揺れると、前期比が意味を失います。
もうひとつ、分子の範囲にも注意が要ります。給与だけを集計すると、会社から実際に出ていく金額を大きく下回ります。
社会保険料には、従業員が負担する分とは別に、会社が負担する分が発生します。これは給与明細に現れないため集計から漏れやすいのですが、会社にとっては確実な支出です。ここを落とすと、労働分配率も、次に述べる採用判断も、実態より軽く見えます。総勘定元帳で法定福利費の年額を確認し、人件費に加えておきたいところです。
労働分配率 = 1億2,000万円 ÷ 2億円 = 60パーセント
1人あたり粗利 = 2億円 ÷ 20名 = 1,000万円
1人あたり人件費 = 1億2,000万円 ÷ 20名 = 600万円
適正水準は業種と事業モデルで大きく変わるため、外部の目安を当てはめても自社の答えは出ません。自社の同じ指標を3期並べ、上がっているか下がっているかで読むほうが確かです。労働分配率が上がり、同時に1人あたり粗利が下がっているなら、賃上げの前に稼ぐ力の立て直しが先だと読み取れます。
採用の損益分岐点を、式で出す
採用は人件費計画の中で判断するものですが、その判断は式にできます。問いは単純で、採用した1人が、いくらの粗利を生めば元が取れるのかです。
回収に必要な限界利益 = 600万円
必要売上 = 600万円 ÷ 限界利益率 40パーセント = 1,500万円
限界利益率は、売上から変動費を引いた額の売上に対する割合です。売上が1,500万円増えても、変動費が900万円増えるなら手元に残るのは600万円。これでちょうど採用コストと釣り合う、という読み方になります。この水準に届かない見込みなら、採用は既存の利益を削って行うことになります。
採用を決める前の4つの問い
- 増員で増える限界利益が年間コストを上回るのは、何か月目か
- 上回るまでの累積赤字はいくらで、その現金は手当てされているか
- 採用しない場合に失うもの(断る受注・残業の増加・既存社員の離職)は、金額にするといくらか
- 増員せずに同じ成果を出す方法(外注・自動化・その業務の廃止)と比べたか
特に見落とされるのが2つ目です。入社直後から満額の粗利を生む人はまれで、費用が先に出て、成果が後から来るのが採用です。立ち上がりに半年かかる前提なら、初年度は回収しきれない設計になっているのが普通で、そこを織り込んでいるかどうかが分かれ目になります。
昇給の累積効果と、資金繰りへの接続
昇給の怖さは、単年の金額ではなく、翌年以降も乗り続けるところにあります。基本給を上げた分は、翌期の出発点そのものが上がることを意味します。
1年目の増加額 = 1億2,000万円 × 3パーセント = 360万円
3年後の倍率 = 1.03 × 1.03 × 1.03 = 約1.0927
3年後の人件費 = 1億2,000万円 × 1.0927 = 約1億3,113万円
3年目時点の年間増加額 = 約1,113万円
初年度360万円だった負担が、3年目には年1,100万円を超えます。加えて、社会保険料の会社負担分は給与額に連動して増えるため、実際の増加はこの金額よりさらに大きくなります。昇給を決めるときは、単年ではなく3年分の累積で原資を確認する。これが基本給と賞与を使い分ける理由でもあります。
人員計画を、資金繰り表に落とす
人件費計画は損益だけの話ではありません。損益上は毎月ならされていても、現金の出方には偏りがあります。次の5点を月次に展開して、資金繰り表につなげます。
- 給与の締日と支払日。月をまたぐ場合、支払月がずれる
- 賞与の支給月。年に数回、資金の山ができる
- 社会保険料の会社負担分。給与の支払いとは別のタイミングで納付が発生する
- 採用費と入社時の一時費用。採用が決まった月ではなく、支払う月に立てる
- 増員が売上に貢献し始めるまでの期間。人件費は入社月から、粗利は数か月後から立つ
この展開をしておくと、「利益計画上は成り立つが、賞与月に資金が足りない」といった事態を、採用を決める前に発見できます。人員計画は、損益計画と資金繰り計画の両方に落として初めて完成します。
まとめ
賃上げ時代の人件費は、抑えるものではなく、設計するものです。付加価値に対する割合で現在地を把握し、値上げと生産性で原資を作り、基本給と賞与を使い分け、採用は利益計画とセットで判断する。人に投資しながら利益を守る構造は、数字の設計で作れます。一緒に組み立てていきましょう。
よくある質問
人件費計画と利益計画を、一緒に設計しませんか。
いくらまで賃上げできるのか、数字から一緒に導けます。
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