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M&A / 事業承継

企業価値評価(バリュエーション)の基本
自社の値段はどう決まるのか

2026.08.03
このテーマの全体像 M&A・事業承継ガイド:M&A・事業承継を体系的にまとめた総合ガイド

M&Aの検討、事業承継の準備、出資の受け入れ——。どの場面でも、必ず「で、うちはいくらなのか」という論点が出てきます。ところが企業価値評価(バリュエーション)は、算定方法によって結果が変わり、専門用語も多いため、経営者にとって最も分かりにくいテーマのひとつです。ここでは、評価の基本的な考え方を、中小企業の実務目線で整理します。

1. まず整理したい「事業価値」と「株式価値」の違い

価値の話が噛み合わない原因の多くは、何の値段を話しているのかが揃っていないことにあります。最低限、次の2つは区別しておく必要があります。

株式を譲渡するM&Aで実際にやり取りされる金額は、株式価値がベースです。したがって、同じ事業内容でも借入が多い会社は手取りが小さくなる、という当たり前の結論が導かれます。「事業は評価されたのに、思ったより手元に残らない」という誤解は、この区別が曖昧なまま話が進むことで起こります。

2. 評価の3つのアプローチ

企業価値の算定方法は数多くありますが、考え方の軸は次の3つに整理できます。

コストアプローチ(純資産をベースにする)

貸借対照表の純資産を出発点に、資産・負債を時価に置き直して評価する方法です。含み損益のある不動産、回収見込みのない売掛金、退職給付や未計上の債務などを調整します。計算の客観性が高い一方で、将来の稼ぐ力は反映されにくいのが特徴です。

インカムアプローチ(将来のキャッシュフローをベースにする)

将来生み出すキャッシュフローを予測し、現在価値に割り引いて評価する方法(DCF法など)です。将来の収益力を理論的に反映しやすい反面、事業計画の前提と割引率の置き方で結果が大きく変わります。だからこそ、計画の根拠が問われます。

マーケットアプローチ(類似の会社や取引と比べる)

類似する上場企業の指標や、過去の類似取引の水準と比較して評価する方法です。市場の目線を取り込める一方、中小企業は規模も事業構造も上場企業と異なるため、そのまま当てはめると実態から離れます。調整の妥当性が論点になります。

実務では、どれか一つで決めるのではなく、複数の方法で算定し「レンジ(幅)」として捉えます。大切なのは数字そのものより、なぜその差が出るのかを説明できることです。

3. 中小企業の実務で使われる簡便な考え方

中小企業のM&Aでは、時価純資産に営業利益の数年分を加える、といった簡便な方法が用いられることがあります。計算が分かりやすく、当事者間で共通の土台をつくりやすいためです。ただし、簡便法にも前提があります。

言い換えれば、簡便法であっても決算書をそのまま使うわけではないということです。ここを整えないまま出した数字は、買い手の調査(デューデリジェンス)で問い直されることになります。

4. 評価額と、実際の成約価格は違う

もうひとつ理解しておきたいのが、評価はあくまで交渉の出発点だということです。最終的な価格は、次のような要素で動きます。

価格だけを見て一喜一憂するのではなく、条件込みで手元に何が残るかで判断することが重要です。

5. 価値を高めるために、今日からできること

評価は、外部が一方的に決めるものではありません。会社側の準備によって、説明できる価値の幅は変わります。

これらはM&Aのためだけの作業ではなく、そのまま日々の経営管理の質を上げる取り組みでもあります。

三つのアプローチを、使う場面で並べ替える

三つは見ている対象が違うだけで、どれか一つが常に正解というわけではありません。手元にある材料と、知りたいことで選びます

実務では一つを選ぶのではなく、主に使う方法を一つ決め、残りで検証する形をとります。差が大きく出るのは、多くの場合どちらかが誤っているからではなく、前提の置き方が違うためです。差の理由を説明できることが、交渉での強さになります。

簡便法が出しているのは「株式価値」である

中小企業でよく使われる簡便な目安は次の形です。ここで出た金額が何の値段なのかを取り違えないことが重要です。

簡便な目安 株式価値の目安 = 時価純資産 + 正常収益力(営業利益ベース) × 年数
数値例(説明用の例です) 時価純資産 = 帳簿上の純資産 6,000万円 + 有価証券の含み益 800万円 − 不良在庫の評価減 1,200万円 − 回収見込みのない売掛金 600万円 = 5,000万円
正常収益力 2,000万円(求め方は次の節)、掛ける年数を3年と置くと 2,000万円 × 3年 = 6,000万円
株式価値の目安 = 5,000万円 + 6,000万円 = 1億1,000万円

この1億1,000万円は、株主が受け取る株式の価値、つまり交渉の出発点となる金額であり、事業そのものの価値ではありません。両者は次の関係でつながります。

株式価値と事業価値の関係(説明用の例です) 事業価値 = 株式価値 + 有利子負債 − 非事業用の現預金
1億1,000万円 + 7,000万円 − 2,000万円 = 1億6,000万円

借入が厚い会社ほど、事業が同じでも株主に渡る金額は小さくなります。逆に無借金で現預金が多ければ、株式価値が事業価値を上回ることもあります。相手が「企業価値」と言うとき、どちらを指すかを毎回そろえてから話を進めます。掛ける年数に決まった水準はなく、交渉で決まります。

正常収益力の作り方と、評価が動く要因

簡便法でも将来収益を使う方法でも、土台は正常収益力です。決算書の営業利益をそのまま使わず、足す調整と引く調整を並べて実力値に戻します。

正常収益力の調整(説明用の例です) 決算書の営業利益 1,400万円
+ オーナーの役員報酬のうち、後任には不要な分 900万円
+ オーナー個人に紐づく費用(社用車、保険料、交際費) 300万円
+ 当期限りの損失(一過性の修繕) 200万円
− 当期限りの収益(継続しない一時的な収入) 100万円
− 譲渡後に新たに必要となる費用(オーナーが担っていた業務の外部委託、内製業務の外注化) 700万円
正常収益力 = 2,000万円

足す調整だけを並べれば、利益はいくらでも膨らみます。引く調整を同じ精度で並べられるかが、この作業の質を分けます。買い手は引く側を探しにくるため、先に自分で出すほうが速く進みます。

同じ会社でも、評価額が動く要因

まとめ

企業価値評価は、「唯一の正解の金額」を求める作業ではありません。複数の見方で価値のレンジを捉え、その差がどこから来るのかを理解し、条件を含めて意思決定するプロセスです。そして評価の土台になるのは、結局のところ日常の会計と管理の質。売却の予定があるかどうかにかかわらず、自社の価値がどの要素で決まっているかを知っておくことは、経営の選択肢を広げます。

よくある質問

企業価値評価の方法は、どれか一つを選ぶのですか?
実務では複数の方法で算定し、レンジ(幅)として捉えるのが一般的です。方法によって前提が異なるため、一つの数字を絶対視せず、なぜ差が出るのかを確認することが重要です。
評価額どおりの金額で売れますか?
評価額は交渉の出発点であり、成約価格そのものではありません。買い手にとってのシナジー、譲渡の条件、デューデリジェンスで見つかった論点などによって、最終的な価格は動きます。
売却の予定がなくても、評価を知る意味はありますか?
あります。自社の価値がどの要素で決まっているかが分かると、承継や資本政策の選択肢が具体的になり、価値を高めるための経営課題も明確になります。
執筆:株式会社diffferent
中堅・中小企業のための財務・経営コンサルティングファーム(大阪市北区)。経営改善計画の策定、事業計画の設計、月次のCFO代行、M&Aアドバイザリーまで、経営者が向き合う論点を継続伴走で支援しています。記事は、実務で用いる考え方をもとに執筆しています。

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